【国交省・経産省】建築物における電気設備の浸水対策ガイドライン


国土交通省と経済産業省はこのほど、洪水等の発生時に機能継続が必要と考えられるマンション、オフィスビル、病院等の建築物における電気設備の浸水対策のあり方や具体事例について記載したガイドラインを取りまとめた。今後、新築・既存の建築物において、洪水等の発生時における機能継続に向けて浸水対策を講じる際の参考となるよう地方公共団体及び関連業界団体等に対して周知する。


目的

ガイドラインは、洪水等の発生時に機能継続が必要と考えられるマンション、オフィスビル、病院等の建築物(対象建築物)において、対象建築物内の電気設備が浸水し、停電が長時間継続することによりエレベーター、給水設備等のライフラインが使用不能となり居住や施設の使用に支障が生じないよう、企画、設計、施工、管理・運用の各段階において、建築物の機能継続の確保を図る観点から、検討すべき電気設備の浸水対策をとりまとめることにより、対象建築物における電気設備の浸水対策の推進に資することを目的としている。

適用範囲

1、対象建築物
特別高圧又は高圧で電力供給され、特別高圧受変電設備又は高圧受変電設備の設置が必要となる建築物を対象として想定している。ただし、特別高圧受変電設備又は高圧受変電設備が必要とされない建築物についても、洪水等の発生時における機能継続に向けた浸水対策を検討する際の参考になるものと考えられる。

2、新築・既存の取扱い
対象建築物の新築、既存の対象建築物の改修等の両方について取り扱う。

3、対象となる電気設備
受変電設備、自家発電設備、分電盤、それらに付随する設備機器その他機能継続を確保するうえで浸水を防止することが必要な設備機器を対象とする。

4、浸水対策と洪水等の規模との関係
対象建築物における電気設備の浸水対策の実施にあたっては、個々の対象建築物毎に浸水深・浸水継続時間を設定したうえで、それに対する浸水対策を実施することを基本とし、それを超える規模の洪水等により電気設備が浸水した場合に備え、早期復旧対策を併せて実施することで、対象建築物の機能継続の確保を図るものとする。

5、その他
ガイドラインは、敷地の選定が確定した後の浸水対策を検討するプロセスを対象とする。なお、建築物の浸水による被害を低減するためには、浸水リスクを把握のうえ、新築時の敷地の選定を行うことが望ましい。
また、ガイドラインは建築物における電気設備の浸水対策をとりまとめたものであるが、建築物における電気設備以外の部分の浸水対策としても参考にすることが可能と考えられる。

関係者の役割

1、洪水等による設定浸水規模及び目標水準の設定

洪水等が発生した場合における対象建築物の機能継続を図るためには、対策を講じる設定浸水規模及び目標水準を具体的に設定することが望ましい。
対象建築物の設計者、施工者等は、電気設備関係者の意見等も参考に、洪水等が発生した場合における対象建築物の状態と機能継続性との関係を、洪水等が発生した場合に想定される浸水深、浸水継続時間及び浸水実績等を用いつつ、建築主や所有者・管理者にできる限り分かりやすく説明する。
建築主や所有者・管理者は、設計者等の専門技術者のサポートを受け、洪水等の発生時における各機能の継続の必要性を踏まえ、浸水対策を講じる際に定める設定浸水規模とそれに対する機能継続に必要な浸水対策の具体的な性能の目標水準を設定する。

2、浸水対策の企画、設計、管理・運用等
設計者は、設定された目標水準の達成に向けて、建築主や所有者・管理者と連携し、浸水対策に関する企画、設計を行うとともに、管理・運用段階において留意すべき事項について整理し、建築主や所有者・管理者に対し情報提供・助言することが望ましい。
また、所有者・管理者は、当該情報提供・助言を踏まえ、適切な管理・運用を行うとともに、洪水等の発生時の対応や早期復旧対策についてあらかじめ検討しておくことが望ましい。

3、洪水等の発生時の対応に係る調整
洪水等の発生時の対応にあたっては、対象建築物の所有者・管理者、在館者等が、本ガイドライン等を踏まえ、「誰が、どのような場面で、どのような行為を行うことが許容又は要求されるのか」といった基本的な事項について、平時のうちから関係者間で協議し取決めを行い、洪水等の発生時には迅速かつ確実に浸水防止対策及び早期復旧対応にあたることが望ましい。なお、電気設備の早期復旧のためには、必要となる図面作成等について、対象建築物の所有者・管理者、電気設備関係者が平時から協力できる関係を築いておくことが望ましい。

設定浸水規模及び目標水準の設定

 1、浸水リスクの調査並びに設定浸水規模及び目標水準の設定
対象建築物の敷地又は現に存する場所における洪水等による浸水リスクについて、必要に応じて当該地域の市町村の治水担当課に照会しつつ、次の事項の調査を行う。

一 国土交通大臣、都道府県知事、市町村が指定・公表する浸水想定区域等
二 市町村が公表するハザードマップ
三 地形図、実測等から、周辺の土地と比べて低いと判断される窪地等の地形情報
四 過去最大降雨、浸水実績やその他の関連情報
これらの調査結果を踏まえ、個々の対象建築物における機能継続の必要性を勘案し、個々の対象建築物毎に対策を講じる際に定める設定浸水規模及びそれに対する機能継続の目標水準の設定を行う。
なお、市町村が公表するハザードマップ等は、想定しうる最大規模の降雨等を前提とした想定浸水深及び浸水継続時間が提示されているため、これらを前提に電気設備への浸水を防止するための措置を講じることが困難なケースも想定される。
こうした場合には、対象建築物の用途等を勘案しつつ、計画規模の降雨を前提とした洪水浸水想定区域図や浸水実績等を調査することにより、より高い頻度で発生しうる洪水等の規模を把握し、目標水準の設定に活用することも想定される。

 2、浸水対策の検討
対象建築物における電気設備への浸水対策については、個々の対象建築物の状況に応じて、洪水等による設定浸水規模及び目標水準の設定を踏まえて、様々な対策を総合的に講じることが望ましい。
 A、浸水リスクを低減するための取組み
①浸水リスクの低い場所への電気設備の設置
設定浸水深を踏まえ、浸水リスクの低い場所へ電気設備を設置する。

②対象建築物内への浸水を防止する対策
設定浸水規模を踏まえて電気設備に到るまでの浸水経路を予測し、全ての浸水経路において対策を講じることにより、対象建築物内への浸水を防止する。
この際、水防ライン(対象建築物への浸水を防止することを目標として設定するライン)を設定し、当該ラインに沿って切れ目なく浸水対策を実施する。

③水防ライン内において電気設備への浸水を防止する対策
水防ライン内で浸水が発生したケースを想定し、防水区画の形成等の対策を講じることにより、電気設備への浸水を防止する。

 B、電気設備が浸水した場合の取組み
設定浸水規模を超える規模の洪水等により、電気設備への浸水が発生した場合を想定し、電気設備の早期復旧や在館者の安否確認、支援等を行う。

浸水対策の具体的な取組み

 1、浸水リスクを低減するための具体的な取組み
 ①浸水リスクの低い場所への電気設備の設置
低層階に設置が必要な電動ポンプ等をはじめ、電気設備を十分な高さに設置できない場合については、水防ラインの設定等の対策を併せて実施することは浸水リスクの低減に有効である。
受変電設備の設置場所の決定にあたっては、一般送配電事業者の「託送供給等約款(当該約款)」に基づき、地中引込線のこう長(50メートルを超える場合)、受変電設備の設置場所(建物の3階を超える場所)や施設上特殊な工法、材料が必要となる場合等、地中引込線の施設にあたって特に多額の費用を要するなど特別な工事が必要となるケースにおいては、公平の原則の観点および合理的な設備形成の観点から対象建築物側の契約者が費用負担して施設する必要があることから、あらかじめ一般送配電事業者との設置場所に関する協議が必要となる場合があることに留意する。
当該約款で規定されている地中引込線による一般送配電事業者の供給設備と接続する電気設備の施設場所に関しては、当該約款の要件に合致しないことを理由に直ちに接続が拒否されるものではないが、対象建築物個々の設置状況や一般送配電事業者の緊急時対応等の運用面も踏まえ、コスト面など合理性に配慮しつつ双方の合意形成が出来る様、丁寧な協議が行われることが望ましい。
設置場所を選定する際は、浸水対策だけでなく地震や火災等に対する総合的な安全性を考慮して選定する。
対象建築物に設置されている一般送配電事業者の供給用変圧器室内の管理面・設備面の対策は、浸水想定区域等による想定浸水深などを勘案し、浸水による深刻な被害が予想される場合は、対象建築物の所有者・管理者と一般送配電事業者とが協議の上、対象建築物側での水防ラインの設定等の対策のほか、必要に応じて変圧器の設置場所の嵩上げ等の浸水対策の検討について留意する。供給用変圧器室と同様の目的で対象建築物のために設置される建物外の受電設備の設置場所等についても、浸水が懸念される場合は、協議・検討が行われる場合がある。
浸水被害が想定される場合には、一般送配電事業者の社員による供給用変圧器室内の巡視・点検の強化等の対応が必要となる場合がある。

 ②水防ラインの設定等対象建築物内への浸水を防止する対策
 ●(1)対象建築物の出入口等における浸水対策
○マウンドアップ
出入口等の床面の位置が設定浸水深よりも高い位置となるように、出入口等の床面の嵩上げや敷地全体の盛土等を行う。

○止水板の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、出入口等の周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの止水板を設置する。

○防水扉の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、出入口等の周囲で浸水を有効に防止できる場所に防水扉を設置する。
〇土嚢の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、出入口等の周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの土嚢を設置する。

 ●(2)からぼりや換気口等の開口部における浸水対策
aからぼりの浸水対策

○塀の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、からぼりの周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの塀を設ける。

○止水板・土嚢の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、からぼりの周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの止水板又は土嚢を設ける。

b換気口等開口部の浸水対策

○換気口等の開口部の高い位置への設置
換気口等の開口部を設定浸水深よりも高い位置に設ける。

○止水板、土嚢の設置
設定浸水深、土地の形状等を踏まえ、換気口等の開口部の周囲で浸水を有効に防止できる場所に、設定浸水深以上の高さの止水板又は土嚢を設置する。

●(3)排水・貯留設備における逆流・溢水対策

a排水設備を通じた下水道からの逆流防止措置
排水設備を通じた下水道からの逆流のおそれがある場合は、貯留槽に溜めた雨水等をポンプアップして排水する構造とし、排水設備に立上り部や流入を防止するバルブを設ける等の逆流防止措置を講じる。

b対象建築物内に設けられた貯留槽からの浸水防止措置
○貯留槽への流入防止措置
貯留槽が満水となる前に水の流入を防止するため、貯留槽への流入経路にバルブを設置する。

○貯留槽の溢水防止措置
貯留槽の満水時に溢水を防止するため、貯留槽の上部のマンホールその他溢水のおそれのある部分の溢水防止措置を講じる。

 ③水防ライン内において電気設備への浸水を防止する対策

●(1)区画レベルでの対策
○防水扉の設置等による防水区画の形成
電気室等への浸水を防止するため、当該区画の出入口に防水扉を設置するほか、外部から建築物内への電源引込み口、配管の貫通部その他の開口部についても、止水処理材の充填などにより浸水を防止する措置を講じる。

●(2)電気設備側での対策
○電気設備の設置場所の嵩上げ等
嵩上げ等により、電気設備を設置室内のできる限り高い位置に設置する。

○耐水性の高い電気設備の採用
耐水性を有する電気設備とする、又は浸水を防止するカバーを設置する。

●(3)浸水量の低減に係る対策
○貯留槽の設置
水防ライン内の雨水等を一定量貯留し、電気設備への浸水量を低減するため、貯留槽を設置する。

 ④洪水等の発生時における適切な対応等

土嚢や止水板の設置など人的な対応が必要となる対策については、洪水等の発生時における適切な対応が不可欠である。そのため、洪水等の発生時における物的・人的資源の活用方策について、あらかじめ関係者間での調整を行い、対応方針を共有する等、十分な準備を講じておくことが望ましい。
▽土嚢や止水板の設置
▽防水扉の閉鎖
▽貯留槽への水の流入を防止するバルブの閉止措置
▽エレベーターのかごやロープが水に浸かることがないようかごを中間階に移動させ運転を休止する措置
▽在館者に対する必要な情報提供・注意喚起
▽各居室における生活排水の排出抑制措置

2、既存建築物の浸水対策の留意点
既存建築物については、新築建築物に比べて、浸水リスクが低い場所への電気設備の設置、マウンドアップ等の対策を事後的に講じることが困難であるケースが多いと考えられる。このため、既存建築物については、上述の対策を講じるうえでの制約条件を十分に把握したうえで、止水板等の設置や防水区画の形成による対策等の既存建築物についても講じやすい手法を適宜活用しながら、対策を実施することが重要である。

3、電気設備が浸水した場合の具体的な取組み
①電気設備の早期復旧のための対策
対象建築物の所有者・管理者、電気設備関係者は、緊急時に備えた対策についてあらかじめ検討しておくことが望ましい。特に、停電からの復旧に必要なキュービクル等受変電設備は受注生産の場合があるため、受変電設備が浸水により使用できなくなると復旧までに相当の期間を要するケースがあることから、迅速な停電解消のためには「応急措置による復旧」による対応も検討しておくことが望ましい。
電源車や代替電源を利用する可能性がある場合において、建築物の機能維持に必要な電気設備や保安回路等への電力供給を円滑に行うためには、建築物外部等に浸水対策が講じられた外部電源接続盤を新たに設置することが望ましい。

●(1)平時の取組み
○連絡体制図の整備
被災時に上述の関係者への連絡を円滑に行うためには、関係者連絡先を示した連絡体制図を整備し、関係者全員が把握しておく。
○設備関係図面の整備
対象建築物及び電気設備の関係図面についても、被害箇所に応じてどこを調査・点検すべきかなどが想定出来ることで、当該作業が効率良く進められることから、あらかじめ整備しておく。

●(2)発災時・発災後の取組み
i電気設備周辺の排水作業→ii受変電設備の清掃・点検・復旧方法の検討→iii受変電設備の応急措置のための手配・準備→iv復旧作業↓●v送電、停電解消
所要日数は一般的にi〜iiで約2〜3日、iii〜ivで約2〜4日
対象建築物の所有者・管理者は、電気主任技術者へ連絡を行う。必要に応じ電気工事業者や電気機器施工業者、排水作業に必要な業者も手配し、浸水による受変電設備、分電盤及び制御盤等を含む電気設備の被害状況を把握する。被害状況の把握後、対象建築物の所有者・管理者と電気主任技術者は、復旧工事の規模、調達が必要な設備、一般送配電事業者との調整、復旧対象設備の優先順位等を整理して、一般送配電事業者、電気工事業者、電気機器施工業者、排水作業に必要な業者と協議を行い、復旧手順を決定する。

 ②その他の対策
電気設備の早期復旧対策のほか、機能継続に資する取組みとして、既往の指針等も参考にしつつ、洪水等以外の災害にも共通する対策を講じることが、望ましい。

○非常用電源の活用
停電発生時に非常用電源を活用し、機能継続に必要な電気設備を継続して稼働させるためには、自家発電設備を設置し、平時から専門技術者による適切な維持管理を行うとともに、稼働時間を勘案した必要な燃料の備蓄及び品質の劣化を防止するため適切な管理を行う必要があり、事前に検討を行っておくことが重要である。
ただし、法令によって設置が義務付けられる非常用発電機については、火災時の避難・消火活動の観点から必要な稼働時間が規定されており、機能継続のために想定される時間に対して非常に短くなってしまうことや非常用発電装置の始動装置には通常連続で3〜5回程度の起動能力しか設定されていないことも考慮し、間欠的な運転を計画するためには設計上の対応が必要となる点等について、十分に検討する必要がある。
また、対象建築物の浸水による停電が発生した場合に、浸水エリアの電気回路を切り離し、機能継続に必要な電気設備への電力供給を迅速に確保するために、あらかじめ非常用電源の供給ルートや回路構成を把握し、切離し回路や切替え等の対応手順についても電気設備全体を把握した上で十分検討しておくことが望ましい。

○建築物被害の把握や在館者に対する支援に係る対応
浸水した場合において、対象建築物の被害状況の確認や在館者の安否確認及び支援を迅速に実施するためには、その手順や関係者間での役割分担などについて、あらかじめ必要な協議を行い、平時から準備を行っておく必要がある。

▽建築物の被害状況の把握及び復旧対応
発災後における、対象建築物及び電気設備の被害状況を把握し、機能継続性への影響について確認を行い、復旧に要する時間や必要物資、復旧までの臨時的措置等も含めた対応について検討し、必要な措置を講じる。また、被害状況を踏まえた安全性への影響についても留意する。

▽在館者に対する支援
在館者の安否や健康状態を確認し、対象建築物の被害状況の確認結果等を踏まえ、在館者へ水・食料等の備蓄品の配布、必要な情報提供・注意喚起等の支援を行う。マンション等においては、在館者に対する支援にあたり、行政等との情報共有により災害時要支援者をあらかじめ把握することにより、配慮が必要な在館者に対して優先的に支援を行うことが可能となる。

4、タイムラインについて
浸水対策の実施にあたっては、対象建築物の設計時から洪水等の発生前後にかけて一連の対応をとることで、対象建築物の機能継続を図る必要があることから、浸水対策の取組みに必要な機材・人員・時間等を踏まえ、時系列で対応内容を記載したタイムラインを作成し、関係者間で事前に確認しておくことが望ましい。
また、各段階における、建築主、設計者、施工者、所有者・管理者、電気設備関係者等が求められる役割を事前に認識したうえで対応にあたる必要がある。

電材流通新聞2020年9月3日号掲載