IEA 日本のエネルギー政策に 関する審査報告書を公表

「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」推進

原子力発電所の再稼働も含めエネルギーミックスを多様化

国際エネルギー機関(IEA)はこのほど、日本のエネルギー政策に関する審査報告書を公表した。今回、経済産業省によって仮訳された全文を紹介する。

 ■エグゼクティブサマリー

2020年10月、日本国の総理大臣は「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする、すなわちカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。同宣言は、日本のエネルギーおよび気候政策の今後を方向付けるものとなり、政府は現在、目標達成に向けた追加的な政策や措置の策定に着手している。2020年11月には、超党派の議員連盟がまとめた、先の総理大臣による宣言を後押しする気候非常事態宣言の決議を可決した。今回のIEAの詳細報告には、日本の目標達成に向けた政策や手段の策定の参考になる数多くの勧告が含まれており、その発行は時機を得たものとなった。
過去10年間で、効率的で強靭かつ持続可能なエネルギーシステム形成という日本のビジョンの実践は大きく前進した。原子力発電所が徐々に再稼働していくことや再生可能エネルギーの拡大、エネルギーの効率化の進展は、化石燃料輸入の必要性を低下させ、温室効果ガス(GHG)排出量の削減に継続的に貢献してきた。化石燃料の輸入量と温室効果ガス排出量は2013年がピークであったが、これは福島第一原発事故後のすべての原子力発電所の一時停止によるギャップを、化石燃料による供給で埋めたためである。2018年時点において、温室効果ガス排出量は2013年比12%減少し、2009年と同水準に戻っている。
しかしあらゆる取り組みにも拘らず、日本は引き続き、輸入化石燃料に大きく依存している。2019年の一次エネルギー総供給量(TPES)における化石燃料の割合は88%を占め、これはIEA加盟国中6番目の高さとなっている。日本のエネルギー供給のCO2排出量原単位は2011年から急速に増加しており、その後の減少も緩やかなものに留まっている。発電におけるCO2排出量原単位は、IEA加盟国の中でも有数の高さである。
日本が2050年までにカーボンニュートラルを達成するには、低炭素技術の展開を大幅に加速し、規制や制度面の障壁に対処し、国内のエネルギー市場においてさらなる競争を促す必要がある。また、原子力など特定の低炭素技術の拡大が期待するほど進まない場合に備え、複数の脱炭素化シナリオを作成することも重要である。

 ■日本の脱炭素社会の展望

2020年12月、日本は新たに「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表した。同戦略は産業政策と位置付けられ、経済の成長と環境の好循環の創造を産業界とともに推進する。同戦略は、積極的な気候変動対策が産業構造だけでなく経済や社会の変革をももたらし、力強い経済成長を生み出すとした菅総理大臣の演説に基づいている。菅総理はまた、グリーンな変革の前進とグリーン投資の確保における規制改革とデジタル化の効果についても言及している。
グリーン成長戦略では、2050年の野心的計画に向けて高い成長が見込める14の分野が特定されている。政府は、電力セクターの脱炭素化に向け、再生可能エネルギーの意欲的な拡大、原子力発電所の再稼働、さらに、低炭素水素、より安全な次世代原子炉、カーボンリサイクルなどの新技術の展開に期待している。議論を深めて行くに当たっての参考値として、同戦略は、2050年において再生可能エネルギーが電力需要の50〜60%を占め、残りを原子力とCCUS付きの火力発電で30〜40%程度、水素とアンモニア発電で10%程度賄うと想定している。
日本は2020年初頭に野心的な長期イノベーション戦略を立ち上げ、2050年のビジョンを達成するために必要と考えられる技術のイノベーションの道筋とコスト目標を掲げた。同戦略は、イノベーションを加速すべきとの認識のもと、高いスピード感をもって推進されている。
水素は、日本のクリーンエネルギーへの移行において中心的役割を果たすと期待されている。日本は、国家水素戦略を各国に先駆けて立ち上げており、水素のコスト競争力を天然ガスと同レベルに引き上げることを目指している。2030年までに80万台の燃料電池自動車と少なくとも500万台の家庭用燃料電池の導入、さらに水素の国際サプライチェーンの確立を目指している。また、水素による大規模発電の実証も行っている。これらはすべて、世界のエネルギーコミュニティに貴重な学びを提供する。日本は、水素の真のクリーンエネルギー化を世界の共通ビジョンとする上で好位置にいると言える。
化石燃料への依存度が高い日本にとって、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)も重要分野である。新設の天然ガスや石炭発電プラントに「必要な際にCCUS設備を後付けできるような設備にしておくこと」を求めることでCCUSの後付けがより容易になり、新設プラントが将来、座礁資産になるのを防ぐことができる。貯蔵サイトが限られている日本は、カーボンリサイクルに強い関心を寄せている。しかし同技術の真の二酸化炭素削減ポテンシャルには不確実性があることを考慮し、日本は引き続き低炭素技術を推進し、炭素集約型アセットへの依存を軽減すべきである。IEAは、2030年に向けて非効率な石炭火力発電所を段階的に休廃止するとした最近の発表を歓迎する。この公約は、日本の石炭火力発電所に対する政策を抜本的に転換するという総理大臣の演説のなかで明確にされている。気候目標を達成する上で、日本はこれまで規制措置や自主的な合意に主に頼ってきた。日本が排出量削減の費用対効果を高め、CCUSその他低炭素技術のイノベーションを育み、すでに高いエネルギー効率をさらに高めるためには、市場型手段の導入が政策オプションのひとつになりうるだろう。エネルギー利用由来のCO2排出量に対して日本が設定している価格は、多くのIEA加盟国より低く、IEAは、日本が価格シグナルをより有効に活用して低炭素技術を強化し、最終消費者と産業部門の両方の行動を誘導することによってCO2排出量を削減し、産業投資を革新的な技術に振り向ける余地があると考えている。しかしこのような価格シグナルは、日本においてはすでに高いエンドユーザの電気料金へ悪影響が及ばないよう慎重に策定する必要がある。2020年12月のグリーン成長戦略は、炭素国境調整メカニズムが日本と競合する海外企業双方に対して公平なものとなるよう検討するとしている。同戦略は、規制改革を通じた、クレジット取引、炭素税、炭素国境調整といった市場型手段を含めたより堅固な経済メカニズムの導入を示唆していると考えられる。これは日本の気候政策にとって大きな進展であり、カーボンプライシングに関するかつての同国の立場を覆すものである。

 ■2030年に向けた主なエネルギー目標

2050年までにカーボンニュートラルを達成するには、2030年までのできるだけ早い時点からの大幅な排出量削減、および幅広い政策措置の迅速な実施が望まれる。グリーン成長戦略は、現在検討中の次期エネルギー基本計画にも影響を与えるであろう。同計画には2030年エネルギーミックスの改定が含まれる可能性がある。
日本のエネルギー政策は、安全性(Safety)を大前提としてエネルギー安全保障(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時達成する「3E+S」を基本方針としている。2018年に採択された第5次エネルギー基本計画は、再生可能エネルギーの割合の引き上げと原子力発電所の再稼働も含め、2030年までにエネルギーミックスをより多様化することを目指している。また化石燃料利用の効率化とエネルギー需要の低減も目指している。
第5次エネルギー基本計画では、一次エネルギー総供給量に占める再生可能エネルギーの割合は2019年の8%から2030年には13%に達する計画としている。再生可能エネルギーによる発電量は、2019年の19%から2030年には24%に達する計画としている。近年、好条件のFIT制度により、日本では太陽光発電が急速に普及した。それ以外の、風力や地熱といった再生可能技術においても同国のポテンシャルは高く、開発へのさらなる取り組みが必要である。電力セクターでは、日本の各地域系統間の接続改善を含む系統制約への対処が主な課題となっている。規制改革は、電力システムの運営改善の一助となり得て、より多くの変動性再生可能エネルギーの統合が可能となる。なお熱及び輸送セクターでは、政策支援の不足により再生可能エネルギーの導入拡大が緩やかである。
原子力発電は、一次エネルギー総供給量において、2019年の4%から2030年には少なくとも11%に増加すると計画されている。2011年までは、原子力発電は一次エネルギー総供給量のほぼ15%を占めていた。この2030年目標は、再稼働済みの原子炉基数が現在の9基から最低でも30基程度に増えれば達成可能である。そのためには、電力会社、政府、規制当局が協力して、より厳しい安全基準への適合に取り組むほか、幅広く地元住民と連携して社会に認められなければならない。
減少が見込まれる化石燃料利用だが、それでも2030年の一次エネルギー総供給量の76%、発電量の半分以上を占め、引き続き高い割合で推移する。2030年の想定エネルギーミックスは、2030年までGHG排出量を2013年比で26%削減する目標に沿っており、そこでは原子力発電所が前述の30基程度、再稼働することを想定している。しかし新たな目標である2050年カーボンニュートラルに照らせば、排出量ゼロ電源の割合はすでに2030年までに引き上げておく必要がある。2021年に予定されるエネルギー基本計画の見直しは、その出発点として理にかなっている。
政府は、原子力発電所の再稼働が遅れた場合に発生する発電量のギャップを埋めるためのシナリオも作成すべきである。これらの不確実性は、必要なエネルギーインフラ投資を抑制するおそれがある。
日本はエネルギー効率の最も高い国のひとつだが、将来のエネルギー需要の伸びを抑えるべくさらなる効率改善を目指している。省エネルギーのポテンシャルの最も大きい分野はどこか、さらにこのポテンシャルをいかに費用効率良く実現するかを特定することが課題であろう。また、とくに野心的あるいは自主的な省エネルギー目標を掲げる分野では、進捗をモニタリングすることも重要になろう。

 ■電力およびガス市場改革

2011年の福島第一原発事故は、政府による電力市場改革を加速させた。また並行して、国内ガス市場の改革も前進させた。これらの改革は、共通する三つの目的に従って実施された。安定供給の強化、競争の促進、そしてエンドユーザ料金の抑制である。
電力市場における主な動きとして、2016年の小売市場の完全自由化、および2020年4月の大手電力会社10社の法的分離があった。既存事業者がいまだに小売の売上高で85%を占めているものの、電力小売市場の競争は増加している。また電力の30%が日本卸電力取引所で取引されるなど、卸売市場の流動性も増加している。障壁に対処し、さらに競争を促すため、新市場(需給調整市場、ベースロード市場、容量市場、非化石価値取引市場など)も設立された。これら新市場間の相互作用、さらにそれらが卸売電力取引へ及ぼす影響を注視していくことが重要になる。また、内部取引など既存事業者のアドバンテージを取り除くため、社外での卸売取引の義務化を検討することも有効と考えられる。
IEAは、市場改革の新たな段階への幕を開けた2020年6月の電力法案の可決を歓迎する。同法案は、送電網および分散型電源への投資を促すため、託送料金の見直しを導入した。また、電力広域的運営推進機関(OCCTO)の役割を強化した。同機関は、全国レベルでの電力需給バランスの確保と国内地域系統間の電力融通促進を目的に2015年に設立された。国内電力網の統合が改善されれば、変動性再生可能エネルギーの接続が容易になるだけでなく、エネルギーセキュリティも高まる。また、規制改革を前進させて電力システムの運用効率を改善することも重要になる。日本は、分散型エネルギー源の推進、モビリティインフラの電力系統への接続、電力需要の効率的な管理とデマンドレスポンスへのデジタル技術の活用といった野心的な目標を掲げている。
天然ガス市場においては、2017年に小売部門が完全に自由化され、大手都市ガス会社は2022年4月までに事業を分離しなければならない。ガス市場の競争は穏やかなままであり、いまだ新規参入事業者のない地域が3か所ある。競争促進のためには、ガスインフラへの非差別的オープンアクセスと地域ガス網の相互接続の改善が最重要事項である。2017年の液化天然ガス(LNG)基地への第三者アクセスの導入は、アクセスを許可された競合者がいまだ1社のみとはいえ、正当な方向への重要な一歩であった。
ガス供給のセキュリティはとりわけ懸念事項となっている。2021年1月には発電セクターでガス供給不足が発生、2011年の福島第一原発事故直後を上回る歴史的高値でスポットLNGを購入する結果となった。電力予備率が3%近くに低下するなか、電力の市場価格は10倍に跳ね上がった。国内のガス在庫の情報が乏しいため、今回のガス不足は多くの市場参加者にとって予期せぬ事態であった。さらに、電力会社は寒冷期を乗り越えるため冬入り前にLNGの貯蔵を積み増す義務が課せられていない。今回の冬季のガス不足は、電力網が国内で完結しLNG輸入に依存している日本にとっての電力セキュリティ確保の重要性を浮き彫りにした。この問題に対処するには、ガスの供給・貯蔵を越えた総合的なアプローチのほか、電力・ガス市場へのガス不足の影響を緩和するための他のエネルギー源や市場枠組の導入、さらにそれら市場の統合も含め、さらなる検討が求められる。日本政府は現在、カーボンニュートラル目標を目指しつつ電力セキュリティを改善する方法を模索している。
電力・ガス市場改革の早期の完全な実践によって競争を促進することは、日本にとって、安定供給の強化およびエンドユーザーのコストの抑制という目標を達成する上で必須事項である。それらの早期かつ完全な実践を容易にするため、日本は電力・ガス取引等監視委員会を、独自の執行権限を有する、より独立した規制当局とすることについて検討することが望ましいのではないか。

 ■エネルギーセクターのレジリエンスの強化

天然資源が限られた島国であり、他国とのガスパイプラインも電力接続も持たない日本にとって、エネルギーセキュリティは基本的な課題である。輸入化石燃料への依存度は2014年にはエネルギー供給量の94%に達したが、この割合は、原子力発電所の再稼働、再生可能エネルギーの拡大、エネルギー需要の低減によって2019年には88%まで下がった。
日本は液化天然ガス(LNG)の輸入源の多様化には成功しているが、一方で原油の輸入源はいくつかの中東産油国に集中している。しかし同時に日本は、地政学的リスクや大規模な世界的危機への備えとして、世界でも有数の石油備蓄量を保有している。日本は、エネルギー生産者と消費者を結び付けて妥当な価格での安定供給確保を可能にすることで、国際エネルギー市場で重要な役割を演じ続ける。国際LNG市場の流動性と透明性を高めるための日本の取り組みは、とりわけ称賛に値する。
伝統的に、日本の電力セキュリティは各国と比較してきわめて高レベルである。しかし近年では、相次ぐ自然災害により長期間の大規模停電に見舞われ、現行のシステムの脆弱性が浮き彫りになっている。エネルギーミックスに占める変動性再生可能エネルギーの割合が高まるにつれ、電力供給のセキュリティの維持はさらに大きな課題となる。日本の電力網は、相互接続が限られたまま多くの地域別の系統に断片化されており、全国レベルでの効率的な需給バランスの確保が難しい。2020年6月の法律改正により配電系統にとって重要な役割を担う電力会社の災害対応力が強化され、IEAは日本に対し、相互接続計画についても迅速に推進するよう奨励する。

 ■主要な勧告

日本政府は下記を実施すべきである。
▽エネルギーシナリオの策定
2050年脱炭素化目標を達成するための、エネルギー源の開発に関する様々な未来を考慮したエネルギーシナリオ(ロードマップを含む)を策定する。

▽価格シグナルの確立
経済のあらゆる分野で効率的かつ低炭素な技術への投資を促すための価格シグナルを確立する。

▽多様な低炭素電源のミックス
電力網への投資を促進し、また電力システムの運営を改善することによって、より高いシェアの変動性再生可能電力を経済効率的に統合する。このことによって、多様な低炭素電源のミックスを達成し、安定供給を強化する。

▽電力・ガス市場改革の推進
電力・ガス市場改革を推進し、電力・ガス取引等監視委員会をより独立性の高い規制当局とすることについて検討する。

電材流通新聞2021年3月25日号掲載