石炭を燃やしてやってきた黒船

今から170余年前の嘉永6(1853)年6月、江戸湾の浦賀沖に4隻の巨大な異国船が現れました。防水・防腐のためにコールタールが塗られた黒い船体、もうもうと噴き出す灰色の煙、ずらりと並ぶ何十門もの大砲――。この威容な艦隊を日本の人々は「黒船」と呼んで恐れました。しかも、空砲とはいえ何発もの轟音を響かせて威嚇するのですから、200年以上も鎖国政策を敷いてきた徳川幕府が慌てるのも無理はないでしょう。
煙を噴き出しながら悠々と進む黒船は蒸気船です。蒸気船は、石炭を燃やしてボイラーで蒸気を起こし、その蒸気で蒸気機関(エンジン)を動かし、そのエンジンの動力で船尾のプロペラや船の横にある外輪を回して進むという仕組みです。黒船は帆も備えており、帆走することもできました。
当時の日本にも帆船はありましたが、蒸気船も近代的な軍艦もありません。黒船は、多くの日本人が初めて目にした最新鋭の動力船でした。その日本人の中には、後に海援隊を率いる坂本龍馬もいたといわれています。
古代の船は大勢でこいだ

黒船が日本にやってくる1世紀以上前、1650年代から1730年代にかけては「海賊の黄金時代」でした。ヨーロッパの海賊たちがカリブ海や大西洋で略奪の限りを尽くしていたそうです。船からして自分たちのものではなく、商船や軍艦を襲って奪い取り、海賊船として使っていたのだとか。とんでもない人たちです。エドワード・ティーチ(通称「黒ひげ」)やウィリアム・キッドなど、有名になった伝説の海賊もいます。黒ひげは、日本でも大ヒットした米映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』にも登場しました。ともあれ、その頃の海賊船は基本的に帆船で、乗組員は帆の操作などを行っていました。
「海賊の黄金時代」以前には、ヨーロッパ諸国の人々が新しい土地や海路を求めて世界中を航海し、探検や貿易を盛んに行った「大航海時代」があり、帆船が大海原を駆け巡っていました。
帆船が主流になる以前に活躍していたのはガレー船です。ガレー船は、古代ギリシャや古代ローマで主に軍用船として発達し、中世から近世にかけて地中海などで広く使用された船です。大勢の乗組員が長い櫂(オール)をこいで進みます。風が強いときは帆走もしましたが、基本的な動力は人力です。数百人がこぐ巨大なガレー船もあったそうです。
船も電気の時代
船の動力は、人の力から風の力、石炭の燃焼による蒸気の力、石油などを燃料としたエンジンの力へと進化してきました。その中で、20世紀ごろには電動モーターでプロペラを回して進む電気推進船が登場します。そして今、地球環境に優しい次代の動力船として、EV船などの新たな電気推進船が注目されています。
現代の電気推進船は、代表的なものを挙げると、大きく3つに分けられます。エンジンと電動モーターを併用する“ハイブリッド型”、蓄電池の電気だけを利用する“完全電気型”、水素などからつくった電気でモーターを動かす“燃料電池型”です。
完全電気型、つまり「完全電気推進船」は、電気自動車のようにバッテリーにためた電気だけで動く船で、「EV船」と呼ばれます。航行中にCO₂(二酸化炭素)を排出しないため、脱炭素化に貢献する船として期待されており、近年は短い距離を航行するフェリーや観光船、港で作業を行う小型船などを中心に実用化が進んでいます。
しかし、長い距離を航行する大型船の場合、現在の蓄電池では十分な電力量を確保することが難しいため、「ハイブリッド推進船」や「燃料電池推進船」などの研究開発が併せて進められています。いずれ、船も空を飛ぶ時代が来るのかもしれません。といっては飛躍しすぎでしょうか。








