電気の豆知識 ~いつか役立つ!?電気にまつわる雑学篇~ 「エレベーター」

時速200kmで上昇するエレベーター⁉︎

あるとき、男がパリのエッフェル塔を見上げて、こういいました。

「塔を伸ばしていけば、いつか宇宙に到達できる」

その男とは、19世紀から20世紀にかけて活躍したロシアの科学者であり宇宙開発の先駆者、コンスタンチン・ツィオルコフスキーです。

そして、ツィオルコフスキーが描いた壮大な夢を、100年の時を超えて日本の総合建設会社が実現しようとしています。株式会社大林組の「宇宙エレベーター建設構想」です。

宇宙エレベーターとは、地球と宇宙をタワーではなくケーブルでつなぎ、まるで電車に乗るように、気軽に地球と宇宙を行き来できるエレベーターのこと。夢の乗り物、未来の交通システムといえるでしょう。2012(平成24)年に大林組プロジェクトチームが結成され、2050年の実現を目標に研究開発が進められているそうです。

宇宙エレベーターの全長は9万6000km。上空3万6000kmの静止軌道上にはターミナルが置かれます。エッフェル塔、約109塔分の高さです。大林組の資料によれば、エレベーターが時速200kmで進むと想定して、ターミナルまでは180時間(7.5日)かかる計算だそう。もしそれが時速3kmの一般的なエレベーターだとすれば1万2000時間(500日)! 約1年4カ月もかかるわけですから、とんでもない速さです。宇宙エレベーター、乗ってみたいものです。

 

エレベーターの歴史は紀元前にさかのぼる⁉︎

エレベーターを発明したのは、アルキメデスだという噂です。ご存じ、てこの原理や浮力の原理を明らかにした古代ギリシャの数学者・物理学者です。ということは、エレベーターの歴史は紀元前にまでさかのぼるということ。エレベーターといっても、その動力はもちろん人力で、滑車とロープを使って荷物を上げ下ろしする、つまりは道具なのですが、何しろ今から2000年以上も前の時代ですから、かなり画期的な仕組みだったのでしょう。それを考案したのがアルキメデスとされています。やはり、天才は考えることが違います。

時は流れ、人力ではないエレベーターが造られたのは1835年といいますから、日本は江戸時代の後期、ほんの190年ほど前です。W(ワット)という電力の単位にもなったイギリスの機械技術者、ジェームズ・ワットが実用化した蒸気機関がエレベーターの動力としても活用されました。しかし、それでもまだ、人を乗せて昇降するような機能性や安全性はなかったようです。

さらに、その17年後の1852(嘉永5)年、アメリカの発明家・起業家であるエリシャ・グレーブス・オーチスがエレベーターの落下を防ぐ安全装置を発明しました。これにより、エレベーターは人を安全に運ぶための大きな一歩を踏み出したのです。オーチスは、オーチス・エレベータ社の創業者です。

その後、世界で初めてとなる乗客用エレベーターがニューヨークのデパートにお目見えしましたが、その動力は蒸気機関でした。世界初の電動エレベーターが登場したのは1880(明治13)年、ドイツでのことです。

 

日本におけるエレベーターの今昔、そして未来

日本で最初のエレベーターは1842(天保13)年、茨城県水戸市にある日本三名園の一つ、「偕楽園」の中の好文亭という建物に設置されたエレベーターとされています。といっても食事などを運ぶ小型の昇降機で、滑車とロープを使って人力で動かす仕組みだったそうです。

日本初の電動エレベーターは1890(明治23)年、東京浅草に建てられた「凌雲閣」に設置されました。凌雲閣は当時、日本一の高さを誇る建築物であり、展望室を備えた観光名所として人気を博しました。資料によれば、1階から8階まで昇るのに1分ほどかかったとか。

ちなみに、日本初の電動エレベーターが凌雲閣に設置された11月10日は「エレベーターの日」に制定されています。

凌雲閣は跡地にその面影を残すのみですが、2026(令和8)年現在、日本最古のエレベーターが京都で今も使われています。場所は老舗の北京料理店「東華菜館」。ホームページを拝見すると、1924(大正13)年に製造、輸入されたオーチス・エレベーター社製だそうで、格子形の蛇腹式内扉がついており、階を示すフロアインジケーターは時計針になっているなど、まさに昔の外国映画に登場するようなエレベーターです。

このように、電動エレベーターの歴史はまだ浅く、日本でも140年ほどですが、建築物の高層化とともに目覚ましい進化を遂げ、今、さらなる高みを目指しています。人類の夢を乗せて。さあ、次は、宇宙へまいりまーす!