かき氷は平安貴族のデザート?

「削り氷にあまづら入れて、新しき金椀に入れたる」
これは清少納言が書いた『枕草子』の有名な一節で(文献により表記に違いあり)、現代語に直訳すると「削った氷に甘い汁をかけて、新しい金属製の椀に入れたもの」というような意味だそうです。
これを大阪弁に訳すと、「薄く削った氷を金の器に入れて甘いシロップかけたら、めっちゃ冷たくてうまそうや~」という意味になるのかもしれません。
そう、これはつまり、かき氷のこと。今風にいえばフラッペのことです。ただし、当時それを食べているのは庶民ではなく平安貴族です。
平安時代といえば千年の昔。氷を人工的に作ることなど到底できませんでした。冬に自然にできた氷を、氷室(ひむろ)と呼ばれる地中や山中に設けた穴蔵へ運び込んで保存し、夏に切り出して天皇や貴族へ献上していたのです。氷そのものが貴重品であり、「削り氷」は特権階級の人々だけが楽しめる贅沢品でした。
電気がない時代は「氷」冷蔵庫

日本で人工氷が作られ始めたのは明治時代です。冷凍技術が発達していた欧米から製氷機を輸入し、機械による製氷が始まりました。当時の製氷機は蒸気機関などを動力とする大規模な産業設備で、人工氷は大変高価だったようです。
日本人資本による国内初の機械製氷会社、東京製氷株式会社が創業したのは明治16(1883)年のこと。以降、人工氷が普及するにつれて、天然氷との激しい販売競争が繰り広げられました。
氷の歴史は、このくらいにして。
明治後期になると、氷を用いた「氷冷蔵庫」なるものが登場します。冷蔵庫といっても、見た目は木箱。現代の小型冷蔵庫のように2段になっていて、大きい方の下の段に食材や飲料を、小さい方の上の段に氷の塊を入れ、その氷の冷気で庫内を冷やすという仕組みです。外側は木製ですが、中は保冷のためトタンなどの金属が張られていました。
使用する氷は、氷屋がリヤカーなどで大きな塊を運んできて、のこぎりで冷蔵庫に入る大きさに切り分けて販売していたそうです。
氷で冷やすのですから、今でいうクーラーボックスのようなものですが、電気冷蔵庫のない時代にはとても便利だったことでしょう。当然ながら高価で、当初は富裕層や飲食店などにしか購入できませんでした。そもそも、明治時代はまだ一般家庭で食材を冷蔵保存する習慣がなく、必要な食材をこまめに買い求め、早く傷みそうなものは涼しい場所に置いておくといったライフスタイルでした。現代人から見れば不便そうですが、何だかほのぼのとした暮らしです。
家が買えた初期の電気冷蔵庫
そして、いよいよ電気冷蔵庫の登場です。日本初の家庭用電気冷蔵庫は昭和5(1930)年、芝浦製作所(現在の東芝)が開発し、その後、改良を重ねて発売されました。当時は「電気冷蔵器」とも呼ばれていたそうです。
これは、アメリカの製品を参考にしたそうで、圧縮機や凝縮器といったパーツが冷蔵庫の上部に露出した「モニタートップ型」と呼ばれるタイプでした。
東芝ライフスタイル株式会社のホームページによると、容量125リットル、重量157キログラム、価格720円。当時の720円がどれくらいの金額かというと、庭付き一戸建てが買えるほどだというから驚きです。
その後、戦争を経て、日本が高度経済成長期を迎えた昭和30年代、白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫という3つの電化製品が「三種の神器」と呼ばれ、豊かな暮らしの象徴として急速に普及します。
昭和27(1952)年には、日立製作所が容量約90リットルの小型電気冷蔵庫を発売しました。価格は約8万円で、当時の会社員の給料約10カ月分という、相変わらずの高級品でしたが、その後、各電機メーカーも家庭用冷蔵庫の生産・販売に力を注ぎ、徐々に価格が下がった結果、多くの一般家庭に「神器」が鎮座ましますのでした。








